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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)2356号 判決 1987年5月29日

原告

原田広昭

被告

古川うた

ほか一名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  被告古川うた(以下「被告うた」という。)は、原告に対し、二〇万三三二〇円及びこれに対する昭和五九年一〇月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告大東京火災海上保険株式会社(以下「被告大東京」という。)は、原告に対し、一二八万円及びこれに対する昭和六〇年八月五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  1、2項につき仮執行宣言

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

昭和五九年一〇月二六日午後六時二〇分ころ、茨城県竜ケ崎市田町二九九五番地先路上において、訴外古川康(以下「康」という。)運転の普通乗用自動車(土浦五六そ六七八九、以下「加害車」という。)が折から赤色信号で停止中の原告運転の普通貨物自動車(足立四六す四五九一、以下「被害車」という。)に追突した(以下適宜「本件事故」ないし「本件追突」という。)

2  被告らの責任

(一) 被告うたは、加害車を所有し、自己のため運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、本件事故により生じた損害を賠償すべき責任がある。

(二) 被告大東京は、被告うたとの間で、同被告を被保険者として、加害車につき、本件事故時を保険期間とする自動車損害賠償責任保険契約(以下「本件自賠責保険契約」という。)を締結しているから、自賠法一六条一項に基づき、被告うたが負担する損害賠償額を支払う責任がある。

3  原告の傷害と治療の経過

原告は、本件事故によりいわゆるむち打ち症(以下単に「むち打ち症」という。)となり、昭和五九年一〇月二九日から昭和六〇年四月一日までの一五五日間にわたり合計七八日井上病院に通院して治療を受けた。

4  損害

(一) 治療費 三三万九九二〇円

(二) 通院交通費 二万三四〇〇円

バス料金一日三〇〇円の七八日分

(三) 休業損害 四二万円

原告は、前記通院治療のため三二日間休業を余儀なくされた。本件事故前三か月の原告の収入は、昭和五九年七月が四〇万四五五五円、八月が四〇万二四〇七円、九月が四〇万〇六二五円であり、一日の平均は一万三一二五円となるから、その三二日分として四二万円を休業損害として請求する。

(四) 慰謝料 六〇万円

(五) 弁護士費用 一〇万円

原告は、本訴提起と追行を原告訴訟代理人に依頼し、着手金として一〇万円を支払つたところ、右は本件事故と相当因果関係のある損害である。

5  よつて、原告は、被告うたに対し、4の(一)ないし(四)の損害合計金一三八万三三二〇円のうち一二〇万円を控除した残り一八万三三二〇円及び(五)の弁護士費用のうち二万円の合計二〇万三三二〇円並びにこれに対する本件事故の日の翌日である昭和五九年一〇月二七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の、被告大東京に対し、右損害合計額のうち一二〇万円及び弁護士費用相当損害金のうち八万円との合計一二八万円並びにこれに対する同被告が原告の右支払請求を拒絶した昭和六〇年八月五日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  被告らの認否、反論

1  請求原因1(事故の発生)の事実は認める。

2  同2(被告らの責任)は、被告うたが加害車の保有者であること、被告大東京が本件自賠責保険契約を締結したことの各事実を認める。

3  同3(傷害と治療の経過)の事実は、本件事故によりむち打ち症が発症したとの点を否認する。また、仮に、原告主張の症状があり、通院治療の事実があつたとしても、本件事故との間に相当因果関係はない。

本件事故の程度は、康が停止中の被害車と約三メートルの距離をおいて停止したところ、ブレーキペダルの足が滑り、時速約二キロメートル以下の極めて微速で前進し追突(極めて軽微な接触というべきもの)したというものであり、およそ被害車の同乗車にむち打ち症等の身体的傷害を生ぜしめるようなものではなかつたのである。

4  同4(損害)の事実は争う。前記のとおり、原告には損害を生ぜしめるような傷害は発生していない。

5  同5の主張は争う。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、被告らの責任につき判断するに、被告うたが加害車の保有者であること、被告大東京が本件自賠責保険を締結していることは当事者間に争いがなく、したがつて、被告うたは自賠法三条に基づき本件事故により原告が被つた損害を賠償すべき責任があり、被告大東京は同法一六条一項に基づき、被告うたが右に負担すべき損害賠償額を支払うべき責任があるといわなければならない。

三  次に、本件事故と原告の受傷の有無、因果関係について判断する。

1  前記争いのない本件事故発生の事実に、弁論の全趣旨により成立の真正を認める甲一、二号証の各一、六号証(原本の存在とも)、成立に争いのない乙一号証、二号証の四、三号証の一、九、四号証、弁論の全趣旨により成立の真正を認める乙六号証の一、二、証人野上修、同古川康(一、二回)の各証言、原告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)及び弁論の全趣旨を総合すると、

(一)  康は、赤色信号に従つて停止した被害車に続いて加害車を停止しようとしたが、停止直前の制動措置が十分でなかつたために被害車に追突するに至つた。しかし、右追突時の衝撃で被害車が前に押し出された事実はない。加害車は普通乗用自動車(トヨタ・カローラ一三〇〇・車両重量八二〇キログラム)であり、被害車は普通貨物自動車(ニツサン・キヤラバン・車両重量一二二〇キログラム)である。そして、追突後、康、原告及び臨場の警察官の検分によると、加害車には何ら損傷はなく、被害車には後部バンパーに軽微な凹損箇所が発見された。その程度は、原告の供述によつても、バンパーに左右二箇所、縦長に約五センチメートル位の線状凹損があつたという程度のものである(なお、原告はその後被害車を修理に出し、右バンパーのほかリアーロアースカート部の交換をしているが、右に交換修理を要するほどの損傷を受けたものかどうかは定かではない。)。警察では軽微な物損事故(一万円程度の修理費)として処理されている。また、原告は、立会いの警察官に対し、少なくともその記憶に残るような身体の異常の訴えは行つていない。

(二)  原告は、事故直後は格別の体調異変を覚えなかつたが、事故後、二、三日後風邪様の症状(頭重、悪寒)を訴え、井上病院で受診し、以後昭和六〇年四月一日までの一五五日間に七八日通院している。井上病院の診断は、問診、レントゲン写真の撮影等の検査を行い、顕部捻挫を認め、「鞭打ち症」とされている。しかし、右通院中の治療内容をみると、牽引療法がわずか一回施されたほかは、顕部等筋肉痛に対する投薬(内服、外用)治療である。そして、右治療方法、治療期間・回数(五か月にわたり二日に一回の頻回)の必要性ないし合理性を裏付ける確かな資料はなく、右通院回数の頻回について、同病院は、原告の主訴に応じた結果である旨述べている。

ちなみに、原告は、本訴提起前自賠責保険に対し被害者請求をしているが、原告主張の傷害と本件事故との因果関係がないとして、支払が全面的に拒絶され、右に対する異議申立ても退けられている。

(三)  一般に追突によるむち打ち症は、追突により被追突車が加速され、搭乗者の体がこれに伴つて急激に前進した際、頭部は体の右運動に追随できず頸部を支点にして後方に回転することによつて生じる頸椎捻挫と解されており(公知の事実といつてよい。)、したがつて、右の際頭部の後方回転を防ぐヘツドレストがある場合にはむち打ち症は起こらないとの研究結果が有力に主張されている。これを被害車についてみると、原告の着席していた運転席座席は背もたれが頭部より高い構造となつており、追突を受けた場合通常の着席姿勢を採つている限り、頭部の後方回転は起こり得ない。また、本件では、追突時に原告が特異な姿勢を採つていた事実は認められず、むち打ち症の生じ得る可能性は極めて乏しい事例である。

なお、本件事故につき被告側で行つたいわゆる工学鑑定によれば、被害車のバンパーに残された前記凹損状況などから、本件追突時の加害車の速度は時速四キロメートル以下であり、右追突により原告にむち打ち症が発症する可能性は考えにくいとされている。

(四)  なお、康は、原告に対し、本件事故に関し一〇万円を支払う旨の念書を作成しているが、右は、原告主張の受傷ないし損害の発生を認めたものではない。

以上の事実が認められ、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  右認定事実によれば、本件追突により原告にその主張するような症状を伴うむち打ち症が発症するような頭部の回転運動が生じたものと推認するには多大の疑問が残ることを否定し得ないのであり、仮に、原告に井上病院の診断結果に沿う症状ないし原告主張どおりの症状があつたとしても、原告の年齢(本件事故当時四四歳)なども考慮すると、右症状と本件追突との間に相当因果関係があるものとは認め難いといわざるを得ない。

四  よつて、原告の本訴各請求は、その余について判断するまでもなくすべて理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤村啓)

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